平戸嘉祥窯 ひらどかしょうがま
割烹食器がメインで、伝統的な染付や染錦(そめにしき/上絵付)、土物など磁器から陶器まで幅広く商品構成を展開させてきました。また近年は、一般家庭の食卓に向けた日用食器も開発しています。
伝統的なみかわち焼にとらわれることなく、新しい土、釉薬、デザインを取り入れ、「ひとひねりした形状」を追求する嘉祥窯のうつわは、磁器の特質を持ちながら、陶器のような見た目や手触り。和食だけでなく洋食にも使えること、またより丈夫であることなどが意識されたデザインはこの窯ならではのものであり、使われる場を引き立てます。
- 住所
- 長崎県佐世保市三川内町894
- TEL/FAX
- 0956-30-8768/0956-30-8928
- 展示・販売所
- あり
- カード支払
- 不可
- 取り扱い
- 三川内焼美術館、三川内焼オンライン・ショップ
- 代表的な技法
- 染付、プラチナ線、ゆず肌
窯元「いま」語り
平戸嘉祥窯当主 口石博之 くちいし・ひろゆき
工業デザインと土ものの経験を経た、磁器のうつわを
この仕事についたのは、先代である父からの影響です。私で四代目になります。もともとは父と叔父でやっていて、私は家業を継ぐつもりはまったくありませんでした。車関係のデザインをしたいという希望があり、高校卒業後は名古屋芸術大学で工業デザインの勉強をしていました。就職先を決めて、早く自分の道を見つけなくてはいけないと考えていたからです。しかし、大学4年生のときに、父から「最終的には家業を継がなくてはいけない」と言われ、それがきっかけで本格的にやきものを手がけていくことを意識しはじめました。
大学を卒業し、兵庫県芦屋市にある滴翠美術館(てきすいびじゅつかん)へ2年間、修業という形でやきものを勉強しに行きました。そこでは、京都市立芸術大学の先生たちが講師として授業を行っていて、日本全国からだけでなく海外からも学びに来ていました。ここを卒業した作家が何人も独立していて、プロ養成所といった感じです。近畿地方には丹波(たんば)や信楽(しがらき)などもあり、近くのやきものの産地をいろいろ見学させてもらい、土ねりからロクロまで、すべての工程を実習しました。
さまざまなことを実習するうちに、信楽焼などの土ものに面白味を感じてきました。そこで、実家に帰ってすぐにたたらなどの土を取り寄せて、一人で黙々と2年間、家業とはまったく違う作業をしていました。家では大量生産の板皿など割烹食器を制作していましたが、勉強したことをどうやって活かすか、という思いがあったからです。高校を卒業してすぐに家業を継いでいれば、絵付教室に通って、従来の三川内焼を学んでいたかもしれません。でも、今まで勉強して身につけたことを三川内焼でやってみようと思い、厚みのあるうつわをつくるようになりました。
従来にはない新しい形を求めて
平戸嘉祥窯といえば100年前の三川内焼では名の知れた窯として高級食器を制作していました。東京ドームなどで展示会をはじめた頃、「三川内焼の平戸嘉祥は有名ですよ」とお客様に言われたことがあります。東京の骨董店で目にすることもありますし、インスタグラムに登録した際に、平戸嘉祥窯をハッシュタグに入れたところ、100件もの画像が出てきて、びっくりしました。
しかし、昔の平戸嘉祥窯のようなものはできません。ですから、「嘉祥」という名を横文字にして差別化しています。だからこそ、意識していることがあります。今、手がけている幾何学的なデザインは、大学時代に学んだ工業デザインの影響があります。未だにデザインをする際は、スケッチ、ラフ、製図を必ず描きます。さらに試験場で3Dに起こしてもらうこともしています。絵付けではなく、フォルムや釉薬で個性を出したい。丸や四角といううつわの形は周りの方たちが手がけているので、もっと違った形を出そうと思っています。シャープなものやシンプルなもの、さまざまな形を考えるのが好きなので、そこを追究していきたいです。白地にシンプルな線描きだけでもいいと感じています。今までは割烹食器、一般的に言われる業務用食器を主につくっていました。しかし、将来的に目線を変えなくてはいけないと考えているので、一般食器もつくりはじめました。それを次回の展示会に出そうと思っています。
インタビュー:2020年10月24日